
1 友達
甘い言葉。軽い言葉。いかにも浅薄な響き。
2 本当の友情
そんなものがあるのか。本当の人生すら確定し得ないのに。
3 何でも言える間柄
だから何だというのだ。何でも言えるからといって、言って良いとばかりは限らない。また何についても同意があるとは限らない。むしろ言葉の取捨選択にこそ人間の実践的教養があるだろう。
4 価値観が一緒だね
全く同じ人間などいない。とりわけ人生の重要な部分においていつも人間は深刻に相違する。もし人間精神が同じなら対峙する妙味も感ずまい。同一の二個を、自然はきっと許すまい。だから、甘ったるい同情などいらない。むしろ同調圧力にはのっぴきならない差異を主張して、あえて抗したいとすら思う。
5 旅
旅には無条件の価値があるか。他国を巡回すればそれだけで真実に達しうるか。その契機は掴みうるか。そんな楽天的な妄信(あるいは偽装)は、現代において、自分において、もはや失笑すら買えない。
6 多文化の摂取
日本に文化の多様性はあるか。現象はどうか。精神はどうか。日本の、この驚くべき同質性。わが国は驚嘆すべきほどに、同一文化の光彩に射されている。それは、旅に自己成長を、また異文化の摂取を求めるなどという安易な感受性には、日本は大いなる一つの国を為して渇望者にあきらめと絶望を惹起するようなものである。旅先の生活を自分のものとして受け入れこれと同化する素直な感受性こそが、旅先における人間生活の、思想の、見まがうことの無い個性の、静かな通奏低音を見出すだろう。
7 息抜き
仕事をするに疲れ、休暇において安らぎを求めるとはなんと在り難き楽観だろうか。否、仕事を離れた純白の感受性を世にさらせば、そこに現出する無限の世界への間断ない興味が押し寄せて、とても安らぐ次第ではないのである。興味や関心や自己解放は、捉えきれない世界を捉えること、それを自己のこととして受け止めるものの苦汁を精神に滲ませている。
先の休みに、同職数名と、各々自動車を別にして、各自の責任における運転にて、石川県に旅をした。
長旅であったが、道中は時折休息をして下らない話をし、また一人になって黙々と運転をし、宿では議論をしたり同調したりした。酒も飲んだ。それにしても下らない話はいいね。だからといって真面目に話すのもいいものだ。畏まった話にも、下らない話にも、どちらに真実がないとは言えないからだ。
さて、これはどんな旅か。
皆個人である。大人である。男である。
よってそれは、各々の旅なのであろう。
経済を異にし、支配権力関係を別にし、別段干渉もしなければ制約もしない。話題があれば問いかけ、気分が向かえば話かけるような関係は、ここに限って言えば、近代が想定した合理的一般人の、個と社会の適切な関係の箱庭のようにも見え微笑ましくもあるのであるが、だからといって暑苦しいような関係継続への契りや意思の逐一の確認を欠いている点において何とも融通無碍であり、一体性も、全体性も、友を終局助ける同調の意思も、また助かるる意思もないようであるから、何だかそれは寂しげな横顔をしていないでもない。いやそんなことはない。助けるのかもしれない。求めるのかもしれない。将来はいつも未確定である。
しかし私は、友人関係に約束を望まない。未確定な関係性の、その確定を希望しない。そこには嘘が付き纏うからだ。
未確定のままでいい。そんな不透明な関係の、それでも基底には必ず帯びる透明な「色彩」が心地いいのか、そうでないのかこそが重要である。その色調が心地いいのならば、未確定な関係性のホックは、その未確定の性質を相変わらず保ったまま将来へと自分を繋ぎとめていくのだろう。
少なくとも心地よく透明で、そして感受性の懐に幾分かの思いを落とし込んだこの度の旅行は、私個人に善い旅であったと思う。


|