1 滋賀某所
地理的にも、年齢も、私に程近い中南和の同職がとある会員組織のメンバーなっているというので、ご招待を受けて、他同職と三人で琵琶湖のほとりに一泊旅行をした。自動車でちょうど二時間半程度のところに今般の宿はあり、ドライブに調度よい距離であった。当日はあいにく曇り空であったが、人間というのは不思議なもので、ウィークデーの曇りや、雨や、天候の悪さに比べて、この楽しみにしていた旅行の曇天は一応残念だと叫びはするけれども、実際にはいささかもその旅の楽しさを減殺するものではなくて、とりわけ今回のように男三人が、自然よりもそのごちゃごちゃとした会話を肴に酒を飲み交わそうと企画された旅においては、思いのほか曇り空が心にわだかまりを生じることはないものである。

宿は蒼い湖の広がりと、それを取り巻いて放射状に内陸へ連なる農村の間に、その境界を一点際立たせるように起立していた。境界の関所がごときこの施設は賑わって、その裡に落ち着いた夫婦や高齢や幼少の利用者の優雅を湛えて堂々としていた。
日本には英国流のクラブはない。階級社会ではないからだ。戦後においてはそれが顕著で、大企業の社長も医師その他の専門家も会社員も公務員もアルバイトも、自意識はともかくとして皆総じてワーキングクラスである。
底流においてクラブを模したこのようなメンバーシップも、だから日本ではそれほどの広がりを見せることはなく、純粋に経済的メリットを問う観光施設の域を出ることがない。施設内に多少の落ち着きを見るばかりだ。
しかしクラブの正統性がどうあろうと今般の旅行が開放的で日常の解毒作用に著しいことは、曇天が楽しみを奪うことができないのと同じようなものです。
日本人は、楽しければいいのである。
2 温泉
(1) 下呂
私と、妻と、子供二人の家族四人で下呂温泉にいった。こちらも自動車で。予定していたよりも案外遠く、休憩などを挟むと五時間程度かかってしまった。それでも電車よりは楽だが。
うちは下の子供がまだ小さいので、行けるところが、できるレジャーが非常に限定されて苦しい。もっとも昔の人間に言わせれば、子供が小さいうちに親が遊びにいこうなどとは不届きに過ぎると一喝されて終わりだろうけれども。
ともかく下呂温泉にいった。下呂温泉は初めてであった。

旅館について仲居さんと少し交わすと、やはり温泉ブームが去って以来客足が遠のきシーズン以外は非常にゆっくりした状態であるとのこと。日本三名泉が寂しいが、周辺に都市やレジャー施設が乏しいことや、温泉街の情緒(間延びした様子がある)の点で、それも理由なしとしないのかなという感じがした。素人ながら、お湯はぬめって、独特のものであると思った。
それにしても、一点心配していたことが事なきを得てやれやれ一息の帰路についた。長女が障子を破ることを防ぎ得たのである。

(2) 城崎
城崎は万人が認める情緒の温泉だ。ほどよい川幅に揺れるおおたに川の水面。微笑をともなって外湯を目指す浴衣のひらめき。
夏の城崎である。
事前に雨がわかっていた。温泉街を十分に楽しむことが不可能であること、それがわかっていた。雨を押して行くことにした。故に宿は張り込んで西村屋本館にとることにした。


この宿は本当に美しい。その歴史、調度、美意識が、歴代の顧客のそうそうたることを納得させるものだ。ほんの一泊程度では十分に感化を受けるに足りない。
しかし特に目を引くのは、苔むした庭や、前面にちりばめられた高価な調度ではなかった。むしろ背面に位置づけられる部屋の設備、備品がどれも歴史をもって古いものであるにもかかわらず、とてもよく手入れされて、つつましやかに命を保っていた。大切にその清潔さを守ってきたあらゆるものが、これほどの力を保持するにいたることを改めて目の当たりにして背筋が伸びる思いがした。そこには人生の大きなヒントが潜んでいるように感じた。
今回の城崎は念願の宿と食事を楽しんだ。雨は宿に非常な楽しみを与えた。しかし柳の向こうに川面の灯を眺めることは許さなかった。
今度は異なった天の下に、異なった城崎を味わいたいと思う。
ところで下呂にも増して気に病んでいたことがある。障子の守りである。
しかし、長女の障子の洞穴を目指した果敢な攻撃は、前回の勝利に気をよくした父親の鉄壁の守りに再び散った。敗戦のなぐさみに、勝者からチョコレートの与えられたことは言うまでもない。


|