最近は生活保護申請の援助や遺言の相談に関与して、様々に考えさせられることが多い。
【生活保護】
生活保護の問題については、その財源が、早晩、いや喫緊に問題とならざるを得ない現況であるから、そんな今は関係各所に各位に非常に混沌としている。このままお茶を濁しているだけでは混沌は澄むことがなく、その争点が、法律論、社会学的な論、そして近い将来において政治体制、ひいては文学的問題にまで至ることが必死であろう。
ただこの問題。ある政治的立場に立ち白痴になって放たれた矢のごとく行動することは到底できない性分の私としては関係者の苦悩の渦に立ち入って内心首肯したり激情したりせざるを得ないわけであるが、生活保護法が、その解釈が、今に生きる現行法として従来どおり現前する限り、私は私として、今後も是々非々で対応していきたいと思う。
【遺言】
事務所の内外を問わず遺言の問題について相談を受けることが多くなってきた。正確な統計は知らないが、公証人連合会のWEBサイトを覗いても遺言件数の増加が知らされている。
しかし遺言はこのまま増加していくのだろうか。極端な資産家を除けば遺言によって遺産の行方を指示したい需要の前提には、やはり紛争、あるいは紛争の蓋然性があるのだろう。夫婦円満、兄弟仲良し、遺産は自宅といくばくかの現金という絵に描いたようなモデル家族に遺言はどうしても似つかわしくないからだ。
ところで我が国は政党が子育て対策を選挙の争点としなければならないほどに少子化が進んでいる。子供が七人も八人もいた戦時の働き盛りが年老いた暁には、これらの世代が、あるいは子供が高度成長の波に流されて全国各地に居を構えた事情も手伝って、どの子がよく世話をした、療養看護をしたという原因をともなって遺言が需要されたということも想像に難くない。しかし現下少子化だ。子供が一人であれば、それだけの事情のみからは遺言は需要されない指向性にある。
にもかかわらず遺言件数が増えるのは、よく言われるように核家族化が進み、両親は忙しくなり、人間関係、家族関係が希薄化したという事情があるのかもしれない。また離婚率が増加している(離婚件数は減少している)という事情と何らかの因果をもつのかもしれない。権利意識、財産に対する意識が変更してきたのかもしれない。公証人の実績と積極広報が奏功しているやもしれない。
ともかく遺言は増加しているようであるが、種々事情が絡み合って、今後の行く末は知れない。
さて、では遺言というのは手放しで推奨されるものであるか。遺言はできるだけしておいがほうがいいというような性質のものであろうか。決してそうとは言えないだろう。もちろん職業人としての私なら、ご相談に喜んで応えてお手伝いをするのでその点にご心配は無用??なのであるが、少なくとも積極消極様々に考えをめぐらせることができる問題なのだと思う。
例えば(あくまで例えばである)、夫婦ともに再婚で、それぞれに前の相手との間に子供をもっていたとする。しかしそれぞれに、子供は前の相手が引き取ってしまい、真新しい夫婦が純粋に二人で生活を営んでいたとする。そこには愛があった。二人は互いの肉体と精神のほかに何も要らないと誓った。顕著な二人の財産は男の所有する不動産のみである。今般女が自分の将来にふと不安を生じ、とりわけその住まいに不安を惹起し、男に対し、「あなたが亡くなったら住宅の相続権はあなたの子供にもあるから不安だわ。私に財産を残してもらえるように遺言してください」と申し入れをした。男はこれに応えて、住宅については女に相続させる旨の遺言をした。しかしその他の財産について明言をさけ、遺言においてその他の財産の存在や、その帰属について記載をすることは拒んだまま、遺言の作成は実行されたとする。
係る遺言を取り巻いて、お互いは、また関係者はこのように思いをめぐらしたかもしれない。またこのような事実関係が連鎖したかもしれない。
男
「俺はこの女を愛していた。確かに愛していた。あの日、女が金を欲し、住宅を欲し、安心を欲し、俺の裡に生活の糧を見ていることが明るみにでるまでは、、」
「俺には住宅のほかに預貯金がある。俺はあの日まで、俺の財産はすべて女に捧げるつもりでいた。そんな自然な帰着に疑いを挟んではいなかった。しかし女は金を欲した。安心を欲した。これが契機に、俺の中である萌芽が生じた。そうだ、俺には血のつながったあの子がいる。迷惑もかけた。しかしあの子は何も言わなかった。俺に対して何らの欲望を見出さなかった。せめて俺の財産の一部は、預貯金は、あの子が相続してしかるべきものだ。」
「愛は終わった。しかし生活は続けよう。住宅は女に。そしてせめてもの預貯金は、その償いというひも付きで、わが子に授けよう。この遺言が終わったら、別途遺言をしたためて、あの子に預貯金を相続させるのだ。」
女
「私が遺言の話をしたとき、私は確かに男の中に、とある陰りがわだかまっているのを見たわ。あれは何かしら。あの陰りは、暗さは、私にはついぞ分からないけれど、わからないからといってそれが微小で忘れ去るべきものであるということはできないわ。あの人は私に全てを預けてはいない。」
「そして遺言をしたためる段階で、あの人がついにこだわりつづけたことで私は確信したの。きっとあの人は何かを隠している。私に隠し持っているものは、少しの財産?いや、そんなものではない。私に決して話すことのできない大きなもの。裡に蔵するに耐えずおもてに滲まざるをえなかった大きな何か。愛、身分、他者の存在、堅固な絆、それとも別のもの。」
「私はあの人とついに合一することはできなかった。愛は完成しない。愛は敗北し、何かに遭遇して途絶えたのだわ。しかし生活は続く。私は住まいを得て、愛の中絶に生きるしかないの。」
男の子息
「ん、親父がなくなったのか。俺に遺言を、、しかしふざけたまねをしやがって。俺の感情を、俺の魂を安く見積もられたものだ。こんなもので、俺と母親の宥恕が適うなどとはなんという侮蔑だろう。しかもちゃっかり女に住宅を残していやがる。俺はこういう欺瞞が、欺網が、それこそが許せない。俺と、母親と、親父の相克が生じたあの日も、親父は儀式のように折り目正しい謝罪をした。冷え切った礼節を残していった。あの日から一体何も変わっちゃいない。俺が欲しかったのは、無様で滑稽であっても、暖かい何かであったのに。」
遺言に残せる事柄は大方が財産に係るものである。しかし遺言をするのは男や女の精神であり、受け止めるのもまた人間の心である。
およそ「法律」が予定する内容である限り私は喜んで相談し援助をします。しかし前記のような「文学」的利益の得喪は、直接の人間関係に身をおくお客様において受け止めていただくべきもので、それよりほかに方法がない。この点十分にご注意ください。
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