
5/2に友人と、リッツカールトン大阪のザ・バーに行く。数杯を飲む。時折訪れるお気に入りの一つだ。
最近は、日本の不景気とハヤリの問題によって、大阪でも、神戸でも、その他の街においても、バーがだんだんと少なくなった。それでもやっぱり、それぞれの地には、個性的な、正統な、あるいは人情味のあるバーが、かすかな灯りをともしている。隠然たる光を繋いでいる。
一大ホテルのこのバーは、正統するぎるほどに正統だ。だから、オーナーやバーテンダーに、一点輝く個性はない。しかし、数百年来の欧州(場合によってはギリシャ・ローマより)から引き継がれ、形を変えながら時代の風雨を凌いできた様式が、調度に、作法に、ジャズピアノに、またひかえる酒瓶の面構えに力を与えている。
オーセンティックな直球。相手は正統な力だ。こんな場合は斜に構えず、正面から受け止めて、雰囲気に深く体を預けるのがいい。相手が本物であれば、きっと楽しめるはずだ。
ここにくると、風味の定まったマッカランも、12年が18年かに疑われ、18年がまた別のものに感じられる。殊に洋酒は、場所や音楽やグラスによって、本当にその味を変える。いつか昔、どこかの親父が語っていた戯言も、そう疑うわけにはいかなくなった。
友人との会話だって、店をあとにしたしばらくの生活の充実だって、きっと同じく一味違うものだと、戯言を一つ付け加えておこう。
「「角瓶」も置いてあれば」なんて思うこともあるが、そうでないところがここをここ足らしめる主因だろう。
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