

先日不動産取引の登記立会いの前提として、売主の本人性確認、及び意思確認のため神奈川に出向いた。久しぶりの遠方。この際ということで、所用のあった自由が丘と田園調布、それから千葉と、無理をして電車を乗り継いできた。新幹線と併せると一日の大方の時間を乗り物に乗っていた勘定でこれにはやはり疲れた。
そうだ、十年ほど前に父親が出張で全国を飛びまわっていた折、「いやいや乗ってるだけなんだから何がそんなにしんどいか」などとのたまった記憶が恥ずかしく思い出される。人間の馬鹿さ加減は、やはり年とともに幾分ずつ改まっていくものらしい(逆も多いが)。
1 不動産、売主確認
前にも言ったかも知れないが、不動産売買の登記立会いに際し、司法書士は売主が確かに売主であることを確認し、また売主が当該不動産を、確かに目的に沿って処分等する意思があるかどうかを確認する。
不動産という「物」に対して、「人」が有し行使できる権利、これを「物権」というが(民法は世の中を権利と義務の体系として把握する。物に対する権利、人に対する権利義務)、今回は様々ある「物権」のうちの「所有権」という権利を、売主から買主に対価をともなって譲り渡すという契約が確かになされているか。売主は確かにその人か、売買の諸条件に係る意思内容は確かか。
これをこの業界では、不動産取引における「人」「物」「意思」の確認などという。最終奥義のようなものか。別にこんな当たり前のことを標語にして覚えなければならないほど司法書士に馬鹿が多いわけでなく、それほど簡単にして、究極には判断微妙なるものであるということだ。
売主は年配である。そうすると別の心配も生ずる。
しかし今回は全く問題なし。むしろこちらを圧倒する明確な意思。知性。
よって遠方出張の一番の目的をまずもって果たす。


2 田園調布より
(1) 田園調布
田園調布を歩いてみた。
この開発の大立者、渋沢栄一のストーリーとともに、歴史を学べば必ず登場する田園調布。
東京にあるという近年のネームバリューを捨象すれば、個人的には六麓荘町のスケールや阪神間の住宅地が抱く海山風の景勝、文化に軍配が上がると信じるが、東京一極集中なんだから仕方がない。田園調布は良いところ、東京はよいところ、らしい。否定はできないが。
維新の激動による上から外からの地殻変動も、阪神間に代表される民間主導の住宅開発も、夢と時代のムードをうねらせて、大きな流れの中に希望の姿を見通していたに違いない。こんなものがあったらいいな、気持ちがいいな、憧れるなという公約数的集約というルールに同意し、街ごとに設定されるおぼろげな目的地へのビークルに自ら乗っかり、そんな自分を正当化して、誇って。
東京や阪神の住宅開発の歴史(明治、大正、昭和のどのくらいまでか)をいろんな資料を通して見ると、今基準で振り返る単なる回顧主義や感傷だけでは決してない、何かロマンティックなものがやはりそこにあるのだ。そうでなければ、土地と、地勢と、気候と、そんな構成要素の異なりだけでは、この狭い日本のいろんな街に、今あるような町ごとの意味づけや、物語を固着させることができたはずはない。誰かが望み、自らも望み、意思し、適度な交流のもとにいつしか輝かしく合一する。
しかしそんなゆっくりとした街の形成も維持できなくなってきたらしい。
こんなものや、こんなものも、維持するのが大変だと。
この街の、この街としての流れを作ったものは老い、ここを、この世を去り、混沌が残されつつあると。
こういったところがそうであるならば、その他の全国的な街づくりが、統制に困難を極めることは相当に理解し易い結論である。
(2) 自由とか、社会とか
多様化。価値の多様化。多様化の容認。多様化の絶対的尊重。多様化の横暴。
自由の勝利。自由という反撃を許さぬ武器の行使。自由と不安。自由と相対の獲得とランドマークの喪失。
いつの時代を生きる人間も、自分の時代を過大評価し、自分は世界のエッジを生きると錯誤するものである。しかしそういった側面を十二分に考慮してさえ、やはり今という時代は、少なくとも街の風景を作るという一基準点においてすら、変化の先っちょを渡っていると言い得るのだろう。明らかに先を迷っている。
今必要なのは、自由などではなく、多少強引であっても輝ける先導か。先導のもとでの自己決定か。そのバランスの変更か。内容の変更か。ただし、過去とは違った仕方で(その仕方に世界が迷って長い)。
ところで、変化の先っちょを生きるということは、自分たちで矛先の行方を考えること。それは、自分たちで考えな無ければならないのだし、自分たちに考える権限が与えられてもいるということ。否が応に。何が美しい街で、住みよい街で、幸せな社会で、存在価値ある国か。あるいは国は不要か。世界は本当に一つか。
四十代も三十代も二十代も。社会の世知辛さを高らかに謳いあげても、自由という絶対的な武器を振り回しても、それで飯は食えないし、快適にはならないし、幸せにもなれない。今、それがようやく解った。転換点に立って解ったのだ。
原理の、原論の時代がやってくる。日本においては変則的な仕方で獲得した一応の自由のもとに、一から、自分で、世の中をどうするのかを考えるときだ。おせっかいで親切な共同体も、農業と別れて早何年、世話焼きのその基盤を欠いて、早晩意識的な共同体へと変化せざるを得ない。そういった素直な意味内容での原理、原論の時代。屁理屈は通用しない時代。
何も貧困にだけではない。比較的裕福な田園調布にも、パラダイム変更への次の一歩は、苦々しくも強烈に求められているようである。


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