
週末は天気が良かった。写真は自宅です。
っと、当然嘘。
名古屋に遊びに行って、八事の住宅展示場に寄ってきたので記念に一枚。
羨望のジョージアン様式。
絶望の広さ。
欠乏のリアリティ。
わかりきったことながら、現実離れした床面積、仕様。これがどうしたら多くの購買層の計画の参考になろうか、いやならない。もちろんそんなことはわかっている。供給サイドの他者との関係で、いかに客を引くかという争点からのみ導かれた豪邸なのである。
利害を共通にする供給サイドで合意さえできれば、わざわざとんでもない費用をかけて、実際的な効用のないモデルハウスを建てないで済む。後々ユーザーとトラブルを起こさないで済む。しかし利害を共通にしつつも基本はライバルという関係性のもと、誰もが望まずして経済規模はだんだんと膨れ上がる。
社会の縮図ですね。根深いです。


宿は名古屋観光ホテルにする。
英国調の統一。名古屋随一の名門ながら、予約の取り方によっては非常にリーズナブルな価格設定にびっくりする。
ホテル業界。東京を筆頭として、大資本が現代的で豪勢なホテルを建てるので、決して新しくはない、名門の、クラシックなホテルは、軒並みリーズナブルになっていく(安価が過ぎて、むしろリーズナブルではなくなっていくのか)。まだまだその傾向があるように思える。こんなのは例外だが。
ホテルの価値。真新しい、現代的な設備のみを求めるのであれば、クラシックなホテルに勝算は無い。先細りの、箱物のビジネスモデルの中で生きるしかない。しかし、伝統や、物語性や、歴史に耐えたデザインをそれ相応に評価するのであれば、別の展開もありうる。
歴史や伝統の価値、普遍的な価値を、いかに正統な形で、しかしわかりやすくメジャーに訴求するか、この背反する問題は、しばしば名門旅館復権に係る内部のドタバタ劇という象徴で、お昼のドラマの王道となるが、これはね、お昼のドラマが解を提示できるほど簡単な問題でない。
とても根が深い。これまた社会の縮図である。
とりわけ、宗教も、市民革命も、正当な近代もなく、浮遊した現代のみ存在する現日本では、この難しい問題の解を導くための「前提」が、まずもって無いのです。
蛇足)
このホテル、バーは相当にかっこいい。他は知りませんので各自ご判断を。
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