
論理的で人工的な美。著者の叙述はよくそう語られる。
論理的であるが、その人工美にいたる客観的方法が結局なんら示されず、また他者もそれを実現できないのであるから、やはりその論理は「文学」である。三島由紀夫の記述は、本来の仕事であろうが、批評であろうがその他であろうが、最後はやはり一様に以上のような性質を滲ませる「文学」に総合される。本書も全体としてそのようなものです。
【三島由紀夫 文章読本】目次は以下のとおり。
第一章 この文章読本の目的
第二章 文章のさまざま
男文学と女文学
散文と韻文
文章美学の史的変遷
文章を味わう習慣
第三章 小説の文章
二種類のお手本
短編小説の文章
長編小説の文章
第四章 戯曲の文章
第五章 評論の文章
第六章 翻訳の文章
第七章 文章技巧
人物描写―外貌
人物描写―服装
自然描写
心理描写
行動描写
文法と文章技巧
第八章 文章の実際―結語
附 質疑応答
1 そもそも
さて、著者は、第一章 この文章読本の目的 において次のように記述します。
「文章はさまざまの進歩をし、変化をし、それぞれの個性にしたがって最上のものが作られていくので、この「文章読本」の目的も、ある一つの型の文体を最高のものとして、ドグマティックに文体の階級制度を作ろうというのではありません。私はなるだけ自分の好みや偏見を去って、あらゆる様式の文章の面白さを認め、あらゆる様式の文章の美しさに敏感でありたいと思います。」
要するところ文体に階級制度を引くドグマを廃し、文章に様々な自由を認め、それぞれの美しさを認め、あらゆる固有の魅力を紹介しよう、と宣言しているわけですが、本書で語られるのはそんなことではない。むしろ、独断と偏見に満ちた見解の啓示と、それに沿って導き出されたいくつかの作家、いくつかの文体の賛美である。その価値を世に問おうとする堅固な意思である。
まずこのようなことを知って読むほうがいい本です。しかし私にとってはその独断が普遍性をもって読まれるので何ら問題ないわけですが。
2 三島らしいエピソード
序章においてはまた、著者の大蔵官僚時代のエピソードが語られる。
つまり、あるとき大臣演説の草稿を書かされた著者が起案をして課長にそれを見せたところ、課長が著者の文章を下手だ、と言い上役の事務官に改定させた話。
文学的なるものとはほどとおい無味な名文を書くことの「容易さ」と、しかしそれに満足せず、その枠に納まることがどうにもできず、その峡谷に難儀する著者の葛藤。このことが、故にその後の人生を再選択したことへの暗喩となって語られており非常に興味深い。
それにしても「わかりやすい文章」「読みやすい文章」「論理的な文章」を書くほど簡単なことはない。極力レトリックを廃し、接続詞を多用して、論理を追って綺麗にセンテンスを流せばそれでいいのだから。
著者はそのような乾燥した世界に辟易とすると同時に、著者が信じる文章の深みに、あるいは文章の高みに、日本人を誘い込んで留まらせる強い動機を、序章で明確に主張している。
3 総じて興味深かったところ
(1) 歴史に拘束された日本文学の宿命、遠い過去から日本語を規定してくる呪縛力、というものを西洋との対置において簡潔に示している。
(2) 文学とは小説とは「物語」をではなく「文章」を鑑賞するものだ、という仕方に全く同意した。私個人、そのようにして文学を文章を読み、数行のくだりに打ちのめされて丸一日ひっかかることもあるからだ。
(3) 人称を省略せよ、接続詞を省略せよ、擬音詞(オノマトペ)を節約せよ。
4 終章末文より引用
「私はこうして文章を書いていますが、去年書いた文章はすべて不満であり、いま書いている文章も、また来年見れば不満でありましょう。それが進歩の証拠だと思うなら楽天的な話であって、不満のうちに停滞し、不満のうちに退歩することもあるのは、自分の顔が見えない人間の宿命でもあります。自分の文章の好みもさまざまに変化して行きますが、かならずしも悪い好みから良い好みに変化してゆくとも言い切れません。それでもなおかつ現在の自分自身にとって一番納得のゆく文章を書くことが大切なのであります。
私はブルジョア的嗜好と言われるかもしれませんが、文章の最高の目標を、格調と気品に置いています。例えば、正確な文章でなくても、格調と気品がある文章を私は尊敬します。現代の作家の中でも私は自分の頑固な好みにしたがって、世間の評価とはまったくちがった評価を各々に下しています。日本語がますます雑多になり、雑駁になり、現代の風潮にしたがって与太者の言葉が紳士の言葉と混ざりあい、娼婦の言葉が令嬢の言葉と混ざりあうようなこの時代に、気品と格調ある文章を求めるのは時代錯誤かもしれませんが、しかし一言をもって言い難いこの文章上の気品とか格調とかいうことは、闇のなかに目がなれるにしたがって物がはっきり見えてくるように、かならずや後代の人の眼に見えるものとなることでありましょう。
具体的に言えば、文章の格調と気品とは、あくまでも古典的教養から生まれるものであります。そうして古典時代の美の単純と簡素は、いつの時代にも心をうつもので、現代の複雑さを表現した複雑無類の文章ですら、粗雑な現代現象にまげられていないかぎり、どこかでこの古典的特質によって現代の現象を克服しているのであります。文体による現象の克服ということが文章の最後の理想であるかぎり、気品と格調はやはり文章の最後の理想となるでありましょう。」
1970年。檄文を上梓。あれから38年。
三島論数あれど、また自身の種々の言行に惑わされるも、やはり徹底的な近代主義者であったということが言われる。徹底的な近代主義者であればこそ、だからこそ、明治の元勲がそうであったように、近代を自発的に回すには、孤独な自由には、不安な民主には、無機質な資本の回転には、宗教性が必須であるということを見抜ぬいていた。西洋でプロテスタンティズムが、日本においては天皇が、「近代」あるいは「近代らしきもの」を疑念なく「素直なかたち」で駆動させたように。私は、三島の、その見解に同意したい。
そして三島は近代が「純粋なる近代のままに」回り続けていいと考えてはいなかったと了解している。もはやそこには戻れない。近代的なある価値を保存しつつ、依然とは違った仕方で回ることをもはや世界は求めていると。三島にとって天皇は、次の仕方で世界を回すためにもやはり必要な、宗教的なるものの、あえてする観念的な表象だったように思う。
いずれにしろ三島の文学が、未だ燦燦と輝きを保持するということは以上に何ら回収されない。いや「現代」においてこそ、である。
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