
午後から奈良県天理市の子安山帯解寺にお礼参りをしました。今日は非常に肌寒く,天候も下り坂ということで,とても重苦しい空気でしたが,お参りできて少しすっきりしました。
お礼参りとはもちろん子供の無事出産のそれ。五ヶ月目の戌の日には安産の祈祷も受けて腹帯をもらっていたので,今回は出産のお礼参りと,成長息災の祈祷を受けてきました。初宮参りは橿原神宮に行きましたが,七五三は伊勢神宮に行こうかな,と思っています。
ところで子供の誕生前には,全国の名だたるお寺,そして神社よりお守りを頂き,それが文字通り束になって,無事今日まで家内の安寧をお見守り戴きました。本当にありがたいことだと思います。
さて,帯解寺は皇室ゆかりのお寺であると聞いており,昭和に入っても,皇族の方々が訪れていらっしゃるようです。帯解寺によると,その由緒は,
「当山は弘法大師の師である勤繰大徳の開基巖渕千坊の一院で霊松山と申しました。そして、今から約千年前、人皇55代文徳天皇の御妃染殿皇后(藤原明子)が永い間お子様が生まれず、大変お悩みの折、祖神春日明神のお告げによって、早速勅使をたてられて帯解子安地蔵菩薩にお祈り遊ばされたところ、まもなく御懐妊、月満ちて惟仁親王(のちの清和天皇)を御安産になられました。文徳天皇はお喜びのあまり、天安二年(858年)春、更に伽藍を建立になり寺号を改められ、無事帯が解けた寺、帯解寺(おびとけでら)と勅命せられました。」
ということであり,江戸幕府も幾たびがお参りになったようであります。なるほどいたるところに十六弁の菊花紋章がさがるはずです。
それにしても1000年ですよ,1000年。神社仏閣を巡ると,その物語は,よく1000年の単位で語られます。遡ること1000年,激動の日本史を貫いてそこにあることは,ただそれだけで重いです。

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