みなさんこんにちは。また雨ですね。最近こんなにしっかり降った梅雨は記憶がない。ながーい梅雨です。
さて,皆さんには田舎がありますか?田舎といっても,生まれ育った家,実家,帰るところ,幼少の記憶,,いろんな定義があろうかと思いますが。
私の実家は奈良県高市郡明日香村。言わずとしれた我が日本の,中央集権発祥の地です。私は奈良県吉野郡吉野町で生まれ,小さいときに明日香に移ってきました。両親が家を買ったので。それから父親の転勤に伴って小学校3年生のときに広島県廿日市市に転居し,中学校2年生の時に明日香に戻った後は,個人的にいくつかの住所を経験しました。
先に述べた,私にとっての田舎を,実家の所在という意味で定義すれば,もちろん明日香がそれ,ということになります。田舎とは,幼少の風景である,と定義するならば,吉野町,明日香村,広島県廿日市市,どれもそれぞれに,幼少の憧憬を形作っています。
ところで妻の実家は兵庫県三田市。妻の両親が家を構える地。しかし小学校に上がるまでは東住吉で暮らしたらしく,おそらく想い出は双方にまたがるのだと想像するものです。
さて,どうしてこんな話しをするのか,と言えばこういうこと。すなわち,私も今年33歳になり,これからどこに生活の本拠を据えるのかを真剣に考えなければなりません。仕事場である事務所は王寺町にあり,それは今後もかわらないわけですが,住居はどこにするかというのはいわば自由。私の仕事には転勤がないので,自分の意思で,妻や子供や両親のことを総合的に勘案し,選択する自由がある。さてどうしようかと思いを巡らしているうちに,今回のエントリのようなことにも検討が至るわけであり,,,。
すなわち,これから子供を育てるにあたり,その主人公にとっての幼少の原風景をどのように描いてあげるのか。それは専ら私達夫婦の責任において描かれる絵画である。また,老後を迎える両親と,ゆったりとした時間を過ごすにはどのようなところが良いのか,この点も重要な材料である。
私は吉野川の上流で遊んだり,悠久の明日香でのびのびとザリガニをとったり,ともかくとても素晴らしい様々な色味の緑を感じ,透明で清浄な空気を吸って大きくなった。これはとても有難いことで,今の人格形成にも少なからず影響を及ぼしていると思う(と願いたい)。少なくともよかったなあ,と振り返ることができる。
大きくなった今では,いわば生々しい現実である王寺町で毎日を過ごしながら,ほんの車で小一時間も走った先に,美しい明日香や,広々とした三田が控えていてくれることは,思うだけでとても大きな安心感であるし,現実帰省したならば,心からの安息をもたらしてくれることに相違ないのです。これがどれほど大きなことか,最近しんみりと実感しています。
そういった意味で,住居としてふさわしい,美しく,そして適度に便利な土地を求めて,いろんな情報を取り入れたりしている我が家の今日この頃であり,その結果として,こんなエントリを書いてしまったりする次第です。
さて皆さんには,誇れる田舎があるでしょうか。また今は存在しなくとも,美しい想い出に昇華した風景があるでしょうか。
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