



この週末は,青年会議所の家族旅行で淡路島に行ってきました。この家族旅行は,青年会議所のメンバーと,その家族が一同に会して一年に一度旅行をし,参加者の交流を図るとともに,家族に掛け替えのない想い出を送ろうとするものです。今回のテーマは「自然と遊ぼう」
私が淡路島の風景を見るのは昨年以来。高速道路の左右両端に広がる炎天下の山や海はとても青く,この地の自然がとても豊かであることを実感させてくれます。
さて,旅行は15日の朝に現地集合。私は前日から兵庫県三田市の妻の実家に里帰りをしており,その日の朝は三田市発で六甲北有料道路をひたはしり,一時間ちょっとで集合地に到着しました。
集合地ではまず昼食。初めに参加者(主に子供)の自己紹介です。立派に挨拶をする子供,親に促されてはずかしそうに義務を果たす子供,照れ笑いを繰り返す子,ほんとうに様々。しかしみんな立派だと思います。自分などは,あんなに小さなときには,恥ずかしくてともて人前に立つことなどできませんでしたから。
昼食を終えると場所を移して宿泊先のホテルにチェックイン。その後のスケジュールは以下のとおり進捗しました。
当日
午後1時より海水浴。午後3時よりスイカ割り大会。夕食はみんな揃ってバーベキュー。そして浜辺に出て花火大会。
翌日
午前5時から早朝海釣り(しかし寝坊して参加できず)。午前8時より揃って朝食。チェックアウト後,「淡路ファームパークイングランドの丘」へ場所移動。みんなで粘土をいじって陶芸教室,各自の作品を作る。その後自由行動。正午に昼食,午後1時に無事旅程を終えて解散。
さてさて,この家族旅行は,正規の青年会議所の事業である。本来ならば,直接の担当でないメンバーも,主催者として常時細心の注意を払い,参加者をもてなすべくピリピリとしなければならないところ,私個人純粋に楽しんでしまいました。
そうさせたのはまさに参加者である会議所メンバーの家族。もっぱら子供達の姿です。下は1歳数ヶ月から,上は小学生まで,男の子,女の子,いろんな年齢の子供たちの笑顔,おどけた顔,意味のわからない絶叫,その走る姿,子供同士の無邪気な戯れ,,
真正面から話しかけられ,問いかけられ,時にからまれる??と,こちらも真正面で何かを返す。そこに,暖かく純粋な一瞬のコミュニケーションが生じ,またすっと流れ消えていく,,,これがとても気持ちよく,言い替えるならば「楽しい」と感じるのです,,,
ところで,少し話が変わりますが,何かの雑誌の対談記事で,小泉純一郎首相が,社会を良くするには教育が大切で,教育には家庭環境が大切で,家庭環境とはすなわち,子供達がいかに愛情を感じているかの一点につきるというような内容を話しておられた。子供達が,自分は愛されている,大きな愛情に包まれている,大丈夫だ,そのように感じることが,人間の健やかな人格をつくり,それが他者への思いやりに繋がるというようなことであったと思う。
ここ数日の朝日か毎日の新聞(かため読みをしたのでいつのかわかりません)の記事にも,社会において大切なことは,愛情をもって子供を育てることだ,というような趣旨の論考が載っていました。
この度の旅行で出会った子供達のいとおおしさが,すべての子供達を代表しているのならば,つまり子供達とは皆あのようにいとおしいのであれば,首相や新聞の力説を待つまでもなく,大人は当然に,子供に愛情を注ぐものだ,いや注がざるを得ないはずだ,と私個人は信じるのであるが,もしかしたらそうでない状況が世に存在しているのかもしれない。悲しいことですが。
ここで上の論理を検証するため,自分の人生を振り返ってみる。私がこの年に至るまで,曲がりなりにも真っ当な人生を歩んでいるとすれば,それはひとえに,両親の愛情が存分に注がれていたが故,そのようになるはずである。
さてどうか。確かに幼少から現在に至るまで,私は一時たりとも両親の私に対する愛情を疑った経験がない。ほんの些細な懸念すらもったことがない(子供特有の,主観的な不平不満は人一倍言いましたが)。なるほどこれが,自分を今まで守ってくれた幸福の源泉であることを,今更ながらに深く認識し,同時に感謝をするのです。
この旅行は,楽しいだけでなく,そのような大切なことを改めて考えさせてくれたとても貴重な体験となりました。企画運営をしてくださった担当の方々に感謝を申し上げたいと思います。
そして,子供達にとっては,会議所メンバーや他の子供達と遊んだこの旅行が,前記のように,他者の大きな愛情を感じた幼少の原風景として,これからの素晴らしい人生を築くための小さな根拠となれば,この上ない幸せである,そのように思うのです。
 
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