暑いです。非常に。このいやな暑さが,いささかの時の経過を経て,夏空の気持ちの良い暑さに置き換えられる日が待ち切れません。

英霊の言乃葉 靖国神社

父上さま母上さま 神社新報社
今日は本の紹介。先般靖国神社に参拝した際,前から欲しかったものを買い揃えてきた。「英霊の言乃葉 靖国神社」と「父上さま母上さま-桜を恋いうる英霊の声 神社新報社」その他類書数点である。これらは,大東亜戦争殉難者の遺稿集,遺言集,すなわち大東亜戦争の代,外地等において,死を間近に感じた日本人の,主として親類に宛てた手紙を書にしたものである。
この書に目を通せば,明治以降帝国主義の波に飲み込まれ,そしていつしか自分も帝国主義の申し子となることに抗し切れなかった我が日本の,ある時点の国民が,どのような精神性を帯びていたのかが手に取るようにわかる。
そしてそれがとても崇高で,至上に清らかで,文字を媒介し時代を超えて迫り来るから,涙無しには数ページをも読み進むことができない。一行一行が,私に対して,「お前は正しく生きているのか」と問いかけるようでもある。
これらの書,戦没者の遺稿,遺言,遺品たち,靖国神社そのものに対しては,例えば遺稿は恣意的に選択されているとか,裏面にある国家権力への悲哀や哀願を読みとるべきとか,靖国神社は国家側の御霊のみ奉られているだとか種々のいわば批判があることは了知している。しかしこれらの批判は本質的でない。
同時代の少なくない生身の人間が,無我を生みだすにこれ以上ない環境である死を眼前にし,滅私をし,両親やこの世の全てに感謝をし,子供の健やかなる将来に渾身の祈祷をささげている事実は疑いのない史実であり,真実である。私は,その事実のみを問題にし,その事実のみに感動を覚える。
我々のような太平の世に生きるものは,自分の生活するこの国が,どのような歴史を経て今を創るのか,よく勉強しなければならないと思う。誰の,どのような努力が,どれだけ積み重ねられてこの国があるのかということを勉強して,ともかくも感謝をする姿勢を忘れないでいたいと思う。それが正しい態度であるように思う。日本には数千年の歴史がある。
ところで,書に登場するような崇高な人間性を陶冶しようと国民に呼びかけることや,自己の権利主張は全体の調和を保持しうる範囲内でのみ認められるという当然の理屈を真に理解すること,自由と責任との対応について理解し実践すること,また両親や子供や家族や地域,国家やその延長である人間存在,そして人間を包摂する自然に対する感謝と畏怖の心を養うこと,これらが人間にとってとても重要なタームであることは大方の理解を得ると思う。そして今まさにそれが枯渇し,求められてもいる。
しかしこれらを醸成しようとする運動が,思想が,直接に軍国主義帝国主義の復古や,国家権力の横暴に結びつけられて考えられてしまうところに,この日本の60年の呪縛がある。これらは切り離して考え得るものであり,その連関に論理必然性も,絶対的な因果もないというべきである。
少なくとも現代日本は民主主権である。民主主権を維持しつつ,国民が自分の存在や歴史をしり,自分に,地域に,国家に誇りを持ってこそ,相手をもまた大切にすることができる。自尊心なきところに,他者へのいたわりや想像力など生じようがない。
,,,少し話しが逸れたが,この書にはいろいろと考えさせられる。そしてともかくこの書には感動をする。何かが祓われる。私は,この感動には,きっと普遍性があるのではないか,そう信じている。哲学的証明はできないが,きっと。
よって,ぜひとも皆さんにも,少しでも早い時期に,ほんの一読をお勧めするものである。
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