皆さんこんばんは。今事務所に戻りました。午後4時から奈良弁護士会で民事法律扶助の審査。今日も九割方はクレサラ事件の申込みでした。その後ある団体の会議。
今事務所にもどり,これから資料をまとめてPCとともに自宅に帰ります。自宅で準備書面等を起案しないといけません。相変わらず仕事が押している。
そう,今日弁護士会に行く際にも「後姿」を眺めました。何の後姿か,,裁判所の後姿。今年になって稼動している奈良地方裁判所の本庁の庁舎は,とても大きく,とても美しく,相当に立派です。手元に資料ががないからいくらの建築費がかかったか分明でないが,相当にお金がかかっていると思います。
去年までは近隣に仮設の庁舎があって,そこが裁判所機能を担っていましたが,もう取り壊されてない。あれもコンクリートを打ったそこそこ立派な建物で,仮設というにはもったいない仕様だったように思います。
それにしても新しい庁舎は立派だ。後姿もなかなか立派。そこで日々繰り返される破産事件や離婚事件や相続事件,,そして刑事裁判の様子からは想像できない清清しい姿。
確かに裁判所は「紛争の解決」を担う場だから,それなりの「権威」というものが必要だと想う。権威をどう定義するかは別として。また,比較的「暗い気持ち」が持ち込まれる所であるから,法廷は別としてその他スペースの意匠には「明るさ」「清潔さ」「開放感」が必要かもしれない。大切な仕事をする裁判官や職員によい環境を提供しなければならないのも当然である。
いや,しかしそれにしても,「裁判所の主演を演じる当事者」に比べて,圧倒的に立派ではないか?難しい理屈をちょっと置いておくとすれば,そう素朴に感じるのは私だけではないはずである。
夕闇の中にある後姿を眺めて,改めてそう想う。
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