ワールドカップがやってきた。今日は日本戦だ。結構わくわくして楽しみにしている。あと数時間でキックオフ。
私は今年33歳。サッカーでこんなに社会が大騒ぎするなんて(といっても現代は多様化しているから興味ない人も多いが),小さい頃は考えられなかった。やっぱり野球が一番,その他は全く眼中になしというのが小学校時代。中学校くらいになると時代がすこし動いてサッカーにも陽が当たりだす。高校生になったときには,サッカー部の人気は相当なもので,野球部に伍していたように思う。
大学の頃には,三浦カズ氏が話題になって,あれよあれよというまにJリーグが発足して,バブル景気にともなう時代のムードにのっかって,馬鹿騒ぎしていたのは記憶に新しい。
今では,丁度野球を人気を二分しているんじゃないかと個人的には感じている。均衡した状態かな。そして,しかしどちらもそれほど「子供の純真な夢」にはなり得ていないかもしれない。最近はスポーツ選手も私生活が露になって,完全無欠のスーパースターでは在り得ないから。
ところでサッカーワールドカップは国別対抗戦。選手は国を代表して戦う。別にサッカーが国を代表しているわけでもないが,オリンピックにしろ,ワールドカップにしろ,代表が戦う試合には,国民の関心がすごく高まる。これも連綿とつづく国家への帰属意識がよび出されるのかな。
そうそう,いつも思うことだが,野球やサッカー,オリンピックの各種目において,日本日本と国民が騒ぎ,日の丸を掲げて涙する,,この場合に掲出される国旗については,マスコミは何も言わないのだな。日の丸反対なんてことを言わない。国の為に戦う,などというスポーツ選手を非難することもない。なぜだ??これが教育現場に持ち出されたりすると急に反発する。それが国家権力の作用だからだ,などというのは形式的な憲法論にすぎないと思うのだが,,想いがある人もあろうが,国旗国歌程度は国の伝統意匠として受忍したいと思う。
関連して,,いつかあるミュージシャンが,あと何年かすれば,国家は消えてなくなり,国境線もなくなるだろう,なんていうことを言っていた。そしてその数ヵ月後には,日の丸を掲げてオリンピックを応援している姿を見た。国家は無くなりはしないだろうと思う。日本の中に都道府県があり,市町村があるように,人が人であるかぎり,地方自治は必要不可欠だ。
国家は海を隔てて存在したり,山岳地方や森を境界とする。民族的宗教的境界が国境を作る。歴史が導いたナチュラルな行政区画,地方自治体は,そう簡単になくなることはないだろうと思う。
ワールドカップ日本戦の観戦を,テレビ前で待ち焦がれつつ,いろんなことを想う。
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