皆さんこんばんは。さっき出先から戻りました。これからまだ仕事が残っているのですが,少しだけ仕事に関連して。
昨日今日,契約書等に係る仕事を三件ほど受任した。内容は以下のとおり(詳細はもちろん伏せます)。
1 借地上の自己所有建物(土地を借りて,その借りた土地に自分の名義で建物を建てる)の賃貸借契約書(その建物を他人に貸す)
これは,数十年前からしっかりとした契約書を巻かずに,一棟の建物を5名の賃借人に賃貸しているオーナーからの依頼。信頼関係にもとづいて長年継続して賃貸に出しているが,自分も,また賃借人もそれぞれ高齢化し,遠からず相続関係が発生することを懸念してのもの。懸念とは,当事者が変更した後,面識ないなかで,その権利関係が円滑に承継できるか否かという懸念。たしかに問題である。
2 工事請負契約合意解除に伴う,既払い代金の返還請求書
これは,店舗に掲出する看板その他の請負契約に関し,依頼者である店舗オーナーに何ら落ち度がないにかかわらず,おそらく相手方施行業者の経営上の理由から,工事の中止を告げられ,さらには既払いの代金の返還について速やかな履行がないという問題。これも問題である。
3 消費者金融数社に対する債務の消滅時効援用通知書(内容証明)
サラ金数社から借入れをし,その後債務の支払いをしないまま十数年が経過し,この度改めて請求書が届いたのでどうしたらよいかという相談。恐らく今まで訴訟等による請求を受けていないので,消滅時効を援用して,債務を免れることに決定。よくある相談である。債務支払いの遅延と放置について責任があるが,権利は権利として,債務を免れる主張を行う。
さて,契約書に関する相談というのは結構ある。一般の方から,そして友人知人親類を通じて,常に何らかの依頼がある分野だ。今日も上記のほかに,親族への生活援助をするに際して,契約書をいかにするかという話もあった。さっきは友人から,とある悪質税務セミナーに関して,受講契約をしているとかしていないとかの話も。また明日は離婚協議に係る契約についての相談がある。
いつの間にか,日本も相当な契約社会になってきているのではないかと思う。いや,正確じゃないか。日本も近代法の国であるので,契約概念は相応に昔からある。
要するに,契約書の存否,契約内容の有無が争われるような紛争が増えつつあるんじゃないかということ。
信頼関係と,他者への感謝,他者との協調が尊ばれるような,伝統日本は,戦後60年を経て濃度を低め希薄化し,権利主張することこそ正義という社会が勃興しつつあるよう。
そんな風に,最近の職場から実感する。
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