また三連休。帰省には丁度よい。
みなさんこんばんは。今は午後七時。業務時間を終えた事務所で,帰り際にこの文章を書いています。 最近涼しいですね。ここ三日くらいでしょうか。今度こそ,本当の秋が来たことを,その涼しさによってもたらされた,私自身が繰返す「くしゃみ」によって実感します。
ところで,今年の連休はすごかった。何でこんなことになるのかと思って,先日,「国民の祝日に関する法律」(でよかったですね?確認しませんが。)を,机上の小六法をパラパラめくって確認してみると,「秋分の日」は固定されているけれど,「敬老の日」その他の祝日が,月曜日という曜日に固定されていたんですね。だから必然的に三連休がもたらされる仕組みになっている。(もちろん土日が休日の方のみですが。) そうそう,確かしばらく前に,連休を増やすということでこのようになったんだ,と思い出しました。
そのようにして,今年は二週連続で続いた三連休ですが,この三連休は,お彼岸ということで,また実家に帰ってきました。お盆にも帰ったので,よく帰っているなあという印象ですが,私が女で,帰る理由がいわゆる「実家に帰らせていただきますっ」というものではないわけですから,よく帰っていることが特段問題というわけではなく,むしろ親孝行になるのかな,などと考えています。
実家に帰ると,もちろん墓参りに出かけました。今回の帰省の主目的です。私,すなわち中尾家の墓は,吉野町にあります。山の中腹に作られた一連の墓地なのですが,中尾家の墓は,比較的立派で(自分で言うな。),いつも親類一同によって,綺麗な状態に保たれています。 今回も,私が参った際には,すでに両親および親類によって,数度に渡る墓参りが済んだ後で,周辺および墓石の掃除も行き届いていたので,墓石に少しお水をあげて,しばし手を合わせるのみが,私の仕事であったわけです。
さて,ここで一つお話なのですが,皆さんは,仏様のお骨が,墓石のどの部分に,どのような状態で納められているのかご存知ですか? この点年配の方であれば,「そんなことしっとるわい」「常識じゃろ」となるのでしょうが,若い方,とりわけ親類を亡くした経験を持たない方については,案外知らないというのが通常ではないでしょうか。関係する職業の方は別段として。
そういう私も,実は,先般祖母を亡くすまでは,それを知らなかった人間の一人です。それまでは,墓石および土台のさらに下に,何かこう特別な入れ物が用意してあって,その中に綺麗に整理して清潔に保存されているもの,とばかり思っていました。 ところが,祖母の納骨に立ち会ってみると,そうではなく,墓石の前の石を少し横にずらすと,土台が少し掘り下げてあって(しかも乱雑に),その中の穴に,先祖の骨という骨がざっくばらんに収められているわけです。言葉を変えるならば,放り込まれている,というような。
これ,ちょっとびっくりしましたね。祖母の納骨を済ませると,祖母の骨と他の先祖の骨が,本当に一緒くたになって,その後雨などが入るとそれこそ混ざり合って同化してしまうのではないでしょうか。
この状況を目の当たりにして,今までどうしてかな,と思っていた問題について,少し理解が深まったように感じました。それはすなわち,「誰の墓に入るか」「墓の権利は誰が継ぐか」「誰が墓を建てるか」といった,お墓をめぐる親族間の係争についてです。
私たちのような法律を業とするものにとって,お墓といえば,民法の相続関係における,「祭祀承継」の問題として,誰が承継するかとか,お墓自体の権利関係はどうかとか,とにかく一般の法原則とは異なるところでいろいろと議論されるところであって,なかなか難しい問題があるのですが,先に述べたように,お墓を巡って種種係争が繰り広げられる背景には,「お墓自体の構造,納骨のし方」というものが,大きく影響しているな,ということについて,認識が至ったということです。
お墓に入るということは,自分無き後の身柄(喉仏は別として)が,それこそ先祖のそれと一蓮托生になるのであって,先祖や一緒に納骨されるものとの人間関係の良好さを欠いては,到底許容されるものではないのだな,と言うことです。
中尾家の墓を前にして,恥ずかしながら,このような言わば当然のことについての認識を獲得して満足し,そしてさらに,今後この墓を永代に至って守り,ひいては私も先祖とともに眠ることについて決心をした,今年の彼岸でした。
あ,私はまだ32歳になったばかり。随分気が早いですが。
|