| |

|
つづき。
少し遅くなりましたが,前回の続きです。そう,お盆休みの話です。
8月14日の朝,私の実家から一旦王寺町の自宅に戻りました。そして美容院に行ったり洗車をしたりこれからまた家を空けるにあたってのそれなりの準備をして,車で三田市に向かいました。
兵庫県の三田市ですが,イメージでは凄く遠いところという感じでしょうか。現実距離は相当に離れていて,王寺から約80キロ程度です。高速道路,特に中国自動車道に入ってからの左右両側の視界は,専ら山の緑で覆われています。 ただ,西名阪から近畿道,そして中国道を経る道中は軽快に空いていて,そうですね,約1時間半弱でドアからドアに到着するので,現実そんなに遠いという印象ではないです。いや結構近いもんです。
三田市の妻の実家ですが,夕刻まで留守にするという事情を事前に聞いていたので,それに併せてこちらが到着したのが午後7時くらい。
到着した14日のその晩は,妻の両親に焼き肉に連れて行って貰いました。妻,その兄,その両親,義母の兄弟と大人数で大量の肉を次々と焼いて,本当に満腹にしてもらいました。田舎,といってもほとんど山中なんですが,おいしいお肉を出すお店はありますよ。
あ,関係ないですけど,皆さんは焼き肉をどう焼きますか?どう焼きますかっていわれても何がどうなんだ,と思われるでしょうが,私が言っているのは,こういうことです。つまり,肉は自分が食べる分だけ焼いて食べ終わったらまた新しいのを焼くという方法を採るのか,とにかく網一杯に肉を並べるようにどんどん焼いていくのかということです。 これはすなわち,自分のペースで焼いていくことによって自分が肉を支配するのか,肉が焼けるペースに自分の食事の速度を合わせ,肉が自分を支配するのかという問題と言換えることが出来ます?? 私はもちろん前者。いつもは自分が肉を支配して,ゆっくり楽しんで食べるんですが,今回の焼き肉は網にどんどん肉が並べられていって,その量が大量故モクモクと眼前に煙が立ち登り,まるで肉と競争するがごとく知らぬ間に満腹になったので,この肉に支配されてしまったという一点のみはちょっと不満でした。
明けて15日は正午に目が覚めました。よくもまあ他人のベッドでこうも眠れるものだなあと思いましたが,すっきりしたのでもちろんよしとします。 午後からは,妻の父方の祖母が生活する篠山までさらに車で足を延ばしました。このあたりの高速道路はほんとうに空いているし,また路面が荒れていないのでスムーズに走ることができ,とても気持ちがよいドライブになります。篠山につくと,地元の祭りが催されていました。その地域的季節的雑踏を抜けて,祖母の実家に到着すると,しゃんとして凛々しい祖母が,反面暖かく迎えてくれました。お茶菓子を頂きながら,篠山の歴史などを聞いていると,窓から差し込む夏の日射しも手伝って,とてもノスタルジックでよい気持ちになりました。私から見ると随分のどかな現在の篠山でさえも,祖母によると随分と忙しくなってしまったようです。 しばらく話をして,また三田に戻りました。
夕方から,今度は妻の母方の祖母らと,近くの日本料理店に食事に集いました。こちらの祖母もとても暖かく挨拶をくれます。店はお造りも焼き物もその他料理も皆おいしく,どんどん食べてあっというまにおなか一杯になりました。飲む方も,ビール,焼酎,日本酒とフルコースで,よい感じに出来上がったのは言うまでもありません。 そうそう,一つびっくりしたのですが,こちらの祖母はとても食欲が旺盛で,「肉が好き」「肉がよい」と言ってお肉を次々と口に運んでいました。好奇心も活発で,いわゆる創作的な料理が運ばれるたびに,目を輝かせていたのを覚えています。 十二分に満足すると店を後にして,家に帰った私は,一番風呂を頂戴してさっさと眠らせて貰いました。16日の朝早く起きて,王寺に戻る予定をしていたからです。
さて16日,午前4時半に起床。眠気眼で仕度をして,午前5時過ぎに荷物とともに三田の家を出発しました。さすがにこの時間は高速道路も空いていて,ちょっとばかり飛ばすとなんと午前6時過ぎに王寺に到着しました。やはり少し眠かったので休息をとり,お昼前から事務所に出ることにしました。 16日までは事務所の営業はお盆休み。事務所は静かなうえ,冷房で快適。少しの義務的な仕事をした後は,多くの自発的で前向きな計画に考えを巡らせることができたので,お盆明けの仕事に充実して取組むに十分な精神状態を準備することが出来ました。
今年のお盆休みの報告は,だいたい以上のとおりです。まとめると,私,そして妻の実家に帰省して,みんなで楽しく食事等をした,という日常的な風景に尽きます。 しかし,家族親類が集ってわいわいする,ということに増して幸せな休日の過ごし方というのは,もしかするとそう数が多く無いのかもしれません。少なくとも私にとってはそうであると確信した,今年の夏でした。
|